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人を傷つける心ない言葉が 氾濫している現代だからこそ、 思いやりのある言葉をかけ合うことを大切にしたい。その第一歩は、「あいさつ」である。

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  〈希望の指針――池田先生の指導に学ぶ〉 女性部㊤ あなたにしか歩めない人生の道がある 連載「希望の指針――池田先生の指導に学ぶ」では、女性部の新出発を祝して、指導・激励を掲載します(全2回)。今回は『女性に贈る 100文字の幸福抄』(主婦と生活社、2012年刊)から、珠玉の言葉を紹介します。 あいさつ  人を傷つける心ない言葉が  氾濫している現代だからこそ、  思いやりのある言葉を  かけ合うことを大切にしたい。  その第一歩は、「あいさつ」である。  始めは硬い表情でも、あいさつから笑顔が生まれ、  心の通った対話が広がる。   笑顔  「笑う」という言葉は、  古くは「咲う」とも書いたという。  笑顔は、人間が咲かせることのできる花である。  お金があってもなくても、  家族にも、友人にも、  惜しみなく贈ることのできる  幸せの花が笑顔である。   ありのまま  どんな時代を生きようとも、  その人には、その人にしか歩めない  人生の道がある。  ありのままの心の発露でいい。  ささやかに見える目標でも、  そこに近づこうと努力することが、  自分にしか歩めない充実の道となる。   母への感謝  「母への感謝」を忘れた時、  人は傲慢になる。  大切な「何か」を見失ってしまう。  そのままではやがて、  不幸の方向へと進んでいくことになる。  「母への感謝」をもち続ける人は、  正しく、心豊かな人生を歩んでいける。   鏡  心は不思議である。心は微妙である。  こちらが悪い感情を抱いていると、  相手にもそれが伝わっている。  こちらが笑顔の思いで接すれば、  相手にも微笑みの心が宿る。  相手はいわば、  自分にとっての鏡のような存在である。   新たな活力  新たな社会の希望の活力は、  女性のソフト・パワーである。  女性の知恵が発揮されれば、  職場であれ、地域であれ、  創造性が漲り、調和が図られていく。  女性が安心して伸びやかに働ける社会を  皆で作っていくことが大切である。 咲き薫る大輪の花(2011年11月、池田先生撮影) 春遠からじ  長い人生、体調を崩して一休みする時もある。  思うようにいかぬことが幾つも重なる時もある。  それでも少しずつ前へ、  「春遠からじ」と自分自身を信じて進む。  一歩また一歩と!  その地道に...

私は常にこのことを念じている。 すなわち、どのようにすれば、衆生を、無上の道に入らせ、速やかに仏身を成就させることができるだろうか、と。

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  〈ロータスラウンジ――法華経への旅〉第23回 如来寿量品第十六㊦ 無明を叩き破り 久遠元初の大生命の太陽を昇らせるための法華経 法華経について、皆で学び、深めよう――「ロータスラウンジ――法華経への旅」の第23回は、「如来寿量品第十六」㊦です。    ■偈文 ここでは、勤行の際に読誦している自我偈の通解を掲載します。  ◇  その時、釈尊は、重ねてこれまで説いてきた意義を述べようとして、次のように偈(詩句形式の文)を説かれた――。 私が仏に成ることを得て以来、これまで経過したところの多くの劫の数は、無量百千万億載 阿僧祇 である。 (その間)常に法を説き、無数億という数え切れないほど多くの衆生を教化して、仏道に導き入れてきた。そのようにして今に至るまで数限りない劫を経てきているのである。 (仏は)衆生を救おうとする故に、方便を用いて入滅の姿を現ずるのである。 しかし、実は入滅していない。常にここ(娑婆世界)に住して法を説いているのである。 私は常にここにいるが、もろもろの神通力によって、「顚倒の衆生」に対して、近くにいるけれども見えなくしているのである。 人々は、私が入滅したのを見て、広く私の舎利を供養し、皆、ことごとく私を恋い慕う心を懐いて渇仰する心を生ずるのである。 人々はすでに信伏し、心がまっすぐで柔らかく、心の底から仏を見たいと念願し、自らの身命も惜しまないようになる。その時、私は、多くの弟子たちと共に、ここ霊鷲山に出現するのである。 その時(仏を渇仰する滅後の衆生の前に出現した時)に、私は衆生に語るだろう。 「私は常に霊鷲山に存在し続けており、滅することはない。方便の力で、入滅の姿や滅することのない姿を現すのである。他の国土で私を敬い、信ずる者があるなら、私はその中に出現して、その人々のために、このうえなき法を説くのだ。 しかし、あなたたちはこれを聞かず、ただ私が入滅したと思っていた」と。 私は、多くの衆生が苦しみの海に沈んでいるのを見る。それゆえ、姿を現さず、その人々に渇仰の心を生じさせる。 衆生に仏を恋い慕う心が生じることによって、私は姿を現し、法を説くのだ。 (衆生を救うために姿を隠したり、現したりする)私の神通力は、このようなものなのである。 阿僧祇劫という非常に長い間、私は、常にこの霊鷲山にいるのであり、また、折にふれて、その他の場所...

「法性の大地」すなわち永遠常住の大生命を舞台としたドラマなのです。ドラマを演じていると思えば楽しいでしょう。生と死が苦しみでなく、楽しみになる

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  〈ロータスラウンジ――法華経への旅〉第22回 如来寿量品第十六㊥ 妙法に根ざした生と死は 永遠常住の大生命を舞台とした歓喜のドラマ 法華経について、皆で学び、深めよう――「ロータスラウンジ――法華経への旅」の第22回は、「如来寿量品第十六」㊥です(前回は12月29日付。原則、月1回掲載)。     ■大要の続き(㊤から) 「私が成仏してからこれまで、実に久遠の時が経過している。その寿命は無量阿僧祇劫という長遠な時間であり、この世界に常住して滅することがない」 「私が菩薩の道を行じて成就した寿命は、今なお尽きていない。にもかかわらず今、真実の滅度ではないが、まさに、“仏は入滅するだろう”と言うのである」 その理由について語ります。 「如来は、この方便をもって衆生を教え導くのである。その理由は何であろうか。 もし仏が久しく世の中に住するならば、徳の薄い人は、善根を植えようとしないだろう。また、貧しく賤しい生活に落ち込み、欲望に執着し、間違った思想の網の中に入ってしまうだろう。 もし如来が、常にこの世にあって入滅しないと見れば、すぐに驕りや、怠る心などを抱いて、仏に対して“なかなか会えない”と慕う思いや、敬う心を生ずることができないだろう。だから如来は、方便として『諸仏の出現に会うことは、難しい』と説くのである。 それは、福徳の薄い多くの人は、無量百千万億劫という長い期間を過ぎても、仏を見る人も、仏を見ない人もいるからである。ゆえに私は言う。『仏に会うことは難しい』と。 衆生たちは、このような言葉を聞いて必ず、“仏には会い難い”という思いを生じ、心に恋慕を抱き、仏を渇仰して、善根を植えるようになるであろう。 この故に如来は、実際は滅しないが、滅するというのである」 「あらゆる仏は、皆、このように(方便をもって)法を説くのである。これは、衆生を正しく教え導くためであるから、皆、真実であり、ウソではない」  ◇  ここから有名な「良医病子の譬え」が始まります。 ――譬えば、智慧が聡明で、病気の診断と薬の処方に熟練し、多くの病気を治すことができる名医がいたとします。その人には、十人、二十人、ないしは百人のたくさんの子どもがいました。 良医は所用で、遠く他国に出掛けていました。その間に、子どもたちは、他の人の作った毒薬を飲んでしまい、毒が回って、悶え苦しみ、大地を転げ...

日蓮大聖人は「御義口伝」で皆が平等に、凡夫のままの姿で成仏できる――これ以外の「秘密」の力、「神通」の力はないのです

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  〈ロータスラウンジ――法華経への旅〉第21回 如来寿量品第十六㊤ 永遠の生命を信じ 生きて生きて生きぬくのが寿量品の心 法華経について、皆で学び、深めよう――「ロータスラウンジ――法華経への旅」の第21回は、「如来寿量品第十六」㊤です(前回は11月28日付。原則、月1回掲載)。 ■大要 「従地涌出品第十五」での弥勒菩薩の質問に対して、「如来寿量品第十六」では、釈尊の真実の成道が久遠の昔であること(久遠実成)を明かし、常に娑婆世界で衆生を導いてきたと述べます。  さらに「良医病子の譬え」を通して、仏が入滅を現じるのは衆生を教え導くための方便であることを語ります。それでは内容を追ってみましょう。  ◇  その時、釈尊は、菩薩や一切の大衆に告げます。 「如来が語る真実の言葉を信じ、理解しなさい」 再び大衆に呼び掛けます。 「如来が語る真実の言葉を信じ、理解しなさい」 さらに重ねて大衆に語ります。 「如来が語る真実の言葉を信じ、理解しなさい」 この時、菩薩や大衆は、弥勒菩薩を先頭に、合掌して仏に言います。 「どうか、如来の真実を説いてください。私たちは、仏の言葉を信じ、受持します」 この言葉を3度繰り返し、さらに重ねて願います。 「どうか、如来の真実を説いてください。私たちは、仏の言葉を信じ、受持します」 その時、釈尊は、菩薩たちが懇願を止めないことを知り、告げます。 明らかに聴きなさい。如来の秘密、神通の力を」 そして続けて語ります。 「天界、人界、修羅界の衆生は、“今の釈尊は、王宮を出て、伽耶城から遠くない道場で修行し、阿耨多羅三藐三菩提(仏の完全な覚り)を得た”(始成正覚)と思っている。 しかし私は“実に成仏してから、無量無辺百千万億那由他劫という長遠の時を経ている”(久遠実成)」 釈尊は本来の境地を明かします。始成正覚という仮の姿(迹)を発いて、久遠実成という真実の姿(本)を顕したので、「発迹顕本」といいます。 続いて釈尊は、“どれほど長遠の昔に成仏したか”、すなわち久遠を譬喩によって表現します。 「譬えば、ある人が、五百千万億那由他阿僧祇という無数の三千大千世界をすり砕いて細かい塵とし、その塵を持って東の方へ行き、五百千万億那由他阿僧祇という無数の国を過ぎるごとに、その塵を一粒ずつ落としていく。 このように、東へ行き、この塵を全て落とし尽くしたとする。...

言葉には、心の思いが表れます。苦悩する方と同じ目線に立ち、同じ方向を見て語れば、真心はきっと通じるものです。励ましに、策や方法は必要ありません

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  〈紙上セミナー 仏法思想の輝き〉 白樺会副委員長 善浪正子 病と闘 う友に寄り添う 【プロフィル】ぜんなみ・しょうこ 公立の総合病院に看護師として39年勤務した後、がん相談員を務める。1955年(昭和30年)入会。千葉県在住。女性部副本部長。 心の思いを声に響かせ 「がんは、万が一じゃなく二分の一」――これは、がん検診の受診率向上を促すキャッチコピーです。かつては、万が一の備えとしてのがん検診でしたが、今では日本人の2人に1人が、がんになる時代です。悪いことに、コロナ禍の影響で、昨年の受診者は対前年比で30・5%も減少しました(日本対がん協会)。  がん検診を見送るうちに未発見のがんが進行し、治療の選択の幅を狭めてしまいかねません。各検診機関は、国の指針にのっとった感染防止対策が徹底されているので、定期的ながん検診が推奨されています。 また、健康への不安があると、インターネットで検索し、さまざまな情報に触れることで、かえって心配になったり、間違った判断を下したりしてしまう方も増えています。無責任なネットの情報に惑わされないことも大切です。 がん治療は日進月歩。早期発見、早期治療で多くが治る時代です。とはいえ、がんは、日本人の死因のトップで、亡くなる方の約4人に1人を占めていますから、依然として死の影が付きまとうのも事実です。 病気そのものの苦痛を抱えながら、胸が裂かれるような不安を抱く方に、どのような言葉を掛けるべきか――。私も真剣に悩みながら、看護の道を歩んできました。 「希望カルテ」から 私は公立病院を定年退職し、一昨年から、がん患者やそのご家族の電話相談に携わっています。これまで、約1500人の相談を受けました。相談件数で最も多いのは「不安などの心の問題」です。相手の顔が見えない分、一言の重みをかみ締めながら言葉を紡いでいます。 がん相談員として従事できるのも、白樺会(女性看護者の集い)で培った経験のおかげです。病と闘う学会員の方々との出会いを重ねるうちに、その方の病状や治療法、悩みや家族の状況などを記した「希望カルテ」を作成するようになりました。それは、寄り添い続けることが自身の使命だと感じたからです。 この「希望カルテ」から、Aさんの闘病体験を紹介します。Aさんと出会った時、Aさんは3度目の卵巣がんが再発し、医師から「これ以上の治療は期待できな...