義務だと思うと、何事も我慢しなければという意識になるが、温暖化を抑えたほうが多くの人にとって暮らしが豊かになると考えれば、自分たちの意思で率先して行動できる。

 

気候変動の専門家が語る「脱炭素を目指すうえで求められる次の一手」

  • 国立環境研究所地球システム領域副領域長・江守正多さん

気候変動の専門家である江守正多さんは、温暖化対策の現状と未来をどのように捉えているのか。(「第三文明」1月号から)


1970年、神奈川県生まれ。97年、東京大学大学院博士課程修了。博士(学術)。
人間の影響は「疑う余地がない」

2021年の10月末から11月初旬にかけて、イギリス北部のグラスゴーでCOP26(国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議)が開催されました。1992年に採択された条約の加盟国が交渉するための同会議は、95年以来、毎年開かれています。今回のCOP26は、コロナ禍の影響で前年から延期になっていたもの。産業革命以降の気温上昇を1.5度以内に抑えるうえで、世界各国で足並みをそろえられるかが焦点となりました。
 
COP26に先立つ8月には、各分野の専門家らによって科学的評価を行う国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が第6次評価報告書を発表しています。今回公にされたのは、3つある作業部会のうち、気候変動の科学的根拠を取り扱う第1作業部会の報告書。私も執筆者の一人として関わった経緯から、最も重要だと思われる点を紹介したいと思います。
 
温暖化に対する人間の影響について、第6次評価報告書では「疑う余地がない」と明記されました。2013年の第5次評価報告書では「可能性が極めて高い」という限定的な表現にとどまっていたことを考えると、そこからさらに一歩踏み込んで断言した意義は大きいと言えます。では、この8年間でいったい何が変わったのか。


まず、評価の基準が以前と異なっています。第5次までは地表気温の統計データをもとに、その変化がどの程度、人間の活動で説明できるかを判断してきました。一方、今回の第6次では、気温のみならず、海水温の上昇や海氷の減少など、さまざまな数値を総合的に考慮しています。

 
また、各分野で研究が進んで、温暖化の実態がより正確に把握できるようになったのも、報告書の表現が変わった要因の一つです。たとえば、私の専門でもある気候のシミュレーションモデルに改善が認められ、温室効果をより高精度に予測できるようになりました。
 
この8年で実際に気温が上昇した点も看過できません。世界の平均気温がどのように推移してきたかを見ると、2000年くらいからしばらく上昇しない時期が続きました。13年に発表された第5次評価報告書も、「最近はあまり気温が上がっていないけれども、これからまた上がっていくはず」というトーンで書かざるを得なかった。
 
15年以降、状況が変わります。エルニーニョ現象などの影響もありますが、再び目に見えて気温が上がってきたのです。それまで一時的に温暖化していないように見えたのは、たまたま自然の変動が重なっただけであることもわかってきました。今回の報告書に記された「疑う余地がない」という断言には、こうした地道な研究の成果が反映されています。
 

「グリーン成長」のさらにその先へ

世界の平均気温の上昇を1.5度以内に抑えるにあたって、日本政府は30年度までに温室効果ガスの排出を46%削減、また50年までに実質ゼロにするという目標を掲げています。これはどの程度、実現可能なのでしょうか。
 
COP26が始まる1週間ほど前、私も審議会の委員として関わる地球温暖化対策計画が閣議決定されました。そこには、産業や家庭などの部門別に温室効果ガスを何%削減して、全体としてどう46%の削減を目指すかが書かれています。具体的な根拠が示されているという意味で、決して無理な数字ではないでしょう。
 
しかし、すべてがこの計画通りに進むとは限らない点に留意が必要です。30年までの8年間にいろいろな事象が起きて、社会的な通念や技術的な条件が、想像できないほど大きく変わることも考えられます。
 
そこで政治家に求められるのは、世界と歩調を合わせて目標を堅持しながらも、要件の変化に柔軟に対応する力です。公明党は、菅義偉前首相が所信表明演説で明らかにした「脱炭素」宣言や、温室効果ガスの46%削減という目標設定に重要な役割を果たしたと私は理解しています。昨年の10月から岸田文雄首相に変わりましたが、公明党にはこれまでと変わらず、脱炭素の取り組みを進めてほしいと願っています。


ここ数年の日本政府の取り組みなどによって、環境や生態系へ配慮しながら経済成長を目指す「グリーン成長」の考え方が国内の企業でも広まってきました。環境保全が産業の発展につながる――。そういう発想が定着しつつあるのはとても喜ばしいことだし、実際に再生可能エネルギーの開発などを通して国内の経済活動が活発になっていくのを奨励すべきだと思います。

 
その一方で、少なくとも現時点で考えられる「グリーン成長」には限界もあります。50年までに世界で脱炭素化を実現して、気温上昇を1.5度以下に抑えようとすると、社会的にも技術的にも急激な変化を起こさなくてはなりません。それは果たして実現可能なのか、また実現できるにしても、どこかの国の誰かを犠牲にすることで成り立っていないか、精査が必要になります。
 
気候変動の問題が解決されたときに、みんなが「これでよかった」と思える状態が理想です。そうした世界を目指すためには、むやみに「グリーン成長」へと突き進むのではなく、ときに過剰な消費を見直し、場合によっては“経済成長”の概念そのものを問い直すような議論も始まっていくべきだと思っています。
 

「気候市民会議」を日本で広めるために

地球規模の問題と向き合うには、国や企業だけでなく、市民の積極的な参加が欠かせません。その観点から私が一貫して主張してきたのは、気候変動対策を前向きに捉えることの重要性です。同じ取り組みをするにしても、義務だと思うと、何事も我慢しなければという意識が強くなる。でも、温暖化を抑えたほうが多くの人にとって暮らしが豊かになると考えれば、自分たちの意思で率先して対策に乗り出せるはずです。
 
エネルギー自給率の低い日本にとって、脱炭素社会の実現はプラスになる部分が少なくありません。たとえば自国で再生可能エネルギーを生産できるようにすれば、その分だけ化石燃料を海外から輸入せずに済みます。
 
私たちの生活に身近なところでは、住居の断熱性を高めることが温暖化対策に有効と考えられています。建物の内部を適度な温度に保てれば、エアコンを過剰に使わなくていいからです。性能のよい断熱材をそろえるのに、最初は費用がかかるかもしれません。しかし長い目で見れば、月々の電気代を節約できて、暮らしも快適になる。こうした話を聞いて、「なんだ、いいことばかりじゃないか」と思ってくれる人が少しでも増えたら、うれしく思います。 


また日本では、市民が主体的に参加して、エネルギー構造を変えていこうとする動きが見られます。2017年、奈良県生駒市で自治体と市民団体が中心となって、地域に電力会社が設立されました。そこでは各家庭の太陽光発電によって生み出された電気を買い取り、その買い取った電気を地元の人たちに供給するという試みがなされています。つまり、エネルギーの地産地消が進められているのです。
 
各地に自立した発送電システムがあれば、災害が起きて広域にわたる停電が起きたとしても、局所的に電力の供給を維持できるかもしれません。
 
地元の住民が話し合いに参加して、みんなが納得する形で電源を設けていけば、再生可能エネルギーがポジティブなものとして地域に根付いていきます。大規模な太陽光発電所(メガソーラー)による景観の悪化や自然破壊が問題になっている現在、脱炭素の取り組みに市民の関わりは不可欠なのです。
 
フランスやイギリスなどでは、市民が気候変動をめぐる議論に参加し、そこで話し合われた内容を国の政策に反映させる「気候市民会議」が開催されました。同じように日本でも、札幌市や川崎市などで市民参加型の会議が開かれています。ただし、市民の声に応じて話し合いの場が設けられた欧州と異なり、日本では研究グループなどが主体となって運営しているのが現状です。国民の間でさらなる議論を促すためにも、自公政権にはこうした会議の推進を強く期待しています。

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