自身が平和な状態であれば、家族や友人、同僚に対して攻撃的になることはないし、世界と争いを起こすこともないはずです

 

インタビュー チュニジアの歌手・エメルさん――音楽は時代を変える

  • 企画連載 私がつくる平和の文化Ⅲ 



©Ebru Yildiz

民主音楽協会(民音)では現在、チュニジアを代表する歌手、エメル(Emel)さんの日本初公演を開催しています。彼女の歌「わたしの言葉は自由(Kelmti Horra)」は、2010年末から北アフリカ・中東諸国で起きた民主化運動「アラブの春」の応援歌となり、人々を鼓舞しました。15年、チュニジアの民主化を推進した団体がノーベル平和賞を受賞した際には、アラブ人女性として初めて式典で歌声を披露しました。世界的に活躍する彼女に、音楽と平和について語ってもらいました。(取材=木﨑哲郎、サダブラティまや)


日本のアニメが人気

――今年はチュニジア独立65周年、日本との外交関係樹立65周年の節目です。初来日となりましたが、日本の印象はいかがですか。
  
日本とチュニジアには似ているところがあります。日本の人たちは、とても優しくて親切です。チュニジアの人々も、人当たりが良くて、おもてなしするのが大好きです。きれい好きなところも一緒ですね。東京のホテルでスリッパを見た時、とても安心しました。チュニジアでも、室内では靴を脱ぐんです。

おそらく皆さんの想像以上に、チュニジアの人々は日本のことをよく知っていると思います。というのも、チュニジアでは日本のアニメが人気だからです。サッカーの「キャプテン・マジッド」(日本の「キャプテン翼」)ってありますよね? チュニジアでこのアニメを知らない子どもはいません。ほかにも、たくさんのアニメがアラビア語に翻訳されています。私も幼い頃から親しみ、日本に関心を抱いてきました。
  
――アフリカ最北端のチュニジアには、古代都市カルタゴや映画「スター・ウォーズ」のロケ地となったサハラ砂漠など、有名な観光地がたくさんあります。
  
まさに、カルタゴや地中海に面した町シディ・ブ・サイドは人気です。地元の人たちも、よく週末になると美味しいスイーツを食べに行きます(笑い)。

チュニジアには美しい場所がたくさんあります。特に海の風景は息をのむほどです。チュニジア料理も絶品ですので、ぜひ試してみてください。



恐れず「声を発する」

――エメルさんは10代で曲作りを始めました。後に、自由や尊厳をテーマにした歌が反政府的とされ放送禁止になり、パリに移住します。なぜ、メッセージ性の強い曲を歌うようになったのですか。
  
私の父は大学で歴史学を教えていましたが、独裁政権下で政治的な意見を主張したことで失職し、25年もの間、家族から遠く離れた地で働かされました。私は父から、率直さや自由な発想を学んだと思います。

よく両親は、「たくさん本を読みなさい」と語っていました。特に今の時代は、考える力や想像力を鍛えてくれる読書が本当に大切です。幼少期からの読書が、私の音楽活動の礎でもあります。

こうした環境で育った私にとって、自分の意見を持ち、声を発することは常に重要でした。学校でも、権威的な教師がいれば、黙って従うのではなく、面と向かって意見を述べるような生徒でした。

もちろん、怒られたり、批判されたりするのはつらいことです。でも、心の底から真実を語るならば、恥ずかしがることも、恐れることもないはず。私は決して、他人を喜ばせるために黙り込むようなことはしたくなかったのです。

かつては社会活動家やソーシャルワーカーに憧れていましたが、ある時、自分の「声」の特色に気付き、この力を社会のために使いたいと思いました。

私は女性の声が好きです。ジョーン・バエズなど世界の女性シンガーたちに大きな触発を受けてきました。女性の声の力は、世界で一番強いものです。私も、歌を通して人々に安らぎと希望と力を届け、人間の自由と尊厳を訴えたい。そう願うようになったのです。


革命の現場で歌う

――代表曲「わたしの言葉は自由(Kelmti Horra)」は、チュニジアの「ジャスミン革命」、そして「アラブの春」の応援歌となり、人々に勇気を送りました。この歌について教えてください。
  
チュニジアでは、政府によって表現の自由が制限され、人々の心は萎縮していました。反政府的な曲を作ると、家族や関係者にも反対されるのです。「こんなことはやめなさい」「面倒なことになるぞ」と。アーティストへの支援も十分ではなく、一握りの人たちが、自身の道を見いだす努力をしていました。私もその一人です。

あれは2007年のこと。自由な思想をもつ若者が集まる映画祭で、アミネ・アルゴッチという作家から一切れの紙を手渡されたのです。そこに書かれていた彼の詩に心を奪われました。私たちの思いを代弁していたからです。

「わたしは闇の中に光るひとつの星 わたしは燃え上がる炎が起こす風 わたしは消えることのない人々の声……」(訳=江良洋子)

私はこの詩に曲を付けることにしました。試行錯誤の末、以前に作ったメロディーを付けてみると、完璧な形でマッチし、この歌が誕生したのです。

10年12月。一人の青年の焼身自殺をきっかけに大勢の若者が抗議の声を上げました。それは政府の腐敗や人権抑圧への批判となり、民主化を求める大きなうねりになります。ジャスミン革命です。

翌11年1月14日。ベンアリ大統領がいる首都チュニスの内務省を、数千人の人々が取り囲みました。コンサートのためにチュニスに居合わせた私は、人々が抗議を行う大通りに立っていました。この時、一緒にいた友人が、私に言ったのです。「今ここで、あの歌を歌ってほしい」と。

正直、怖かったです。でも、私は歌うことにしました。正しいと思った時に「声を上げる」ことは、私の信条だからです。

座り込みをする人々の中で、私は一人、静かに歌い始めました。

〽わたしたちは自由な人間 恐れはしない――

デモの喧騒が響いていました。人々は私を見つめ、じっと聞き入ります。私は、近くの人が渡してくれたキャンドルを手に、歌い続けました。火が消えてしまわないよう、手で囲いながら。“私の歌よ、このともしびと共に、みんなの希望となれ”。そう祈りを込めて。そして、最後まで歌い切りました。

〽わたしはひとつになった世界の自由な人間 弾丸から 立ち上がる――

この日の夕方、大統領は国を離れ、23年間続いた独裁政権に終止符が打たれました。私の歌う姿はインターネットで瞬く間に広まり、この歌は、チュニジアをはじめ、民主化を求める各国の人々の共感を呼んだのです。

祈りを込めた歌は、魔法のような力を持ちます。歌った瞬間、全てが止まり、悪は消え去っていく。音楽には、人々を一つにする力があるのです。


「世界市民」として 

――貴重な証言です。音楽がもつ力を改めて教えられました。近年は人間や自然をテーマにしたアルバムをリリースされています。

  
幼い頃から、「自分は何者か」というアイデンティティーについて悩んできました。私はチュニジアで生まれましたが、イギリス、フランス、ロシアなどの文学を読んで育ちましたし、音楽も、ビバルディやモーツァルトなどクラシックからメタルバンドまで、幅広く聴いていました。

ある時、ふと思ったのです。私のアイデンティティーは、こうした全てを包み込んだ「多様性」そのものではないかと。

2008年、民主化前の母国では音楽活動を続けられなくなり、パリに移住しました。そこでも、さまざまな人と出会い、異なる文化に触れました。図書館に通い、現代の実験音楽のほか、イランやインドなど世界中の音楽に聴き入りました。そして、改めて私は、他の人たちと同じように心と感情を持った「人間」であり、「世界市民」であると気付いたのです。

私は今、全ての人、全ての場所について歌いたい。そして、一人が語る言葉に誰もが深い共感を示す世界をつくりたい。他者と深くつながり合えることは、人間の豊かさの証しです。音楽は、その懸け橋になります。


ノーベル平和賞の記念コンサートで(2015年12月、オスロで) ©Ragnar Singsaas/Getty Images

自自身を信じて

―民音は文化交流を通した平和の創出を目指しています。エメルさんにとって平和とは?
  
私たち人間は、お互いに対して、また自然に対して平和的でなければなりません。そして何より、まず自分自身に対して平和的であるべきです。音楽に携わる時、私の心は平和で満たされます。誰しも好きな音楽を耳にすれば、言葉を理解しなくても瞬時に体に入っていき、心が安らぐでしょう。

自身が平和な状態であれば、家族や友人、同僚に対して攻撃的になることはないし、世界と争いを起こすこともないはずです。平和を実現するには、そうした心の状態をつくる必要があります。

もし誰かが不正を被っていれば、彼らの心は平和ではありません。目の前で暴力が起きれば、私たちの心も平和ではなくなります。

私には、全ての課題を解決する術はないかもしれない。でもだからこそ、自分にできることとして、人の心に響く音楽を作り、歌うことを選択しました。私が歌を通して一番伝えたいメッセージ。それは「自分自身を信じてほしい。あなたにはすごい力がある。あなたの人生を変えることができるし、世界を変えていくことができる」ということです。

音楽や芸術といった美しいものと人の心が触れ合った時、善なるものが生まれる――私は、心からそう信じています。


<プロフィル> エメル・マトルティ チュニジア出身の歌手。ニューヨークを拠点に活動。アラブ音楽、英米のポップスを網羅し昇華させた音楽性が評価される。全員が女性のチームによるアルバム制作など、ジェンダー平等の実現にも取り組む。
  
  

【池田先生の言葉】
                                                    1

歌は「うったう(訴う)」ことです。天に向かえば祈りとなり、人に向かえば心を伝えます。歌は生命を解放し、強め、清める力がある。
 
 ◆◇◆
 
人間の善性を信じ、高めゆく文化が興るところ、平和は広がります。芸術や文化は、人間と人間を結び、心と心を結びつけることができる。(中略)
文化の力こそ、平和を築くための、最も豊かな源泉ではないでしょうか。

(池田先生とハービー・ハンコック氏、ウェイン・ショーター氏とのてい談集『ジャズと仏法、そして人生を語る』から)

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