脳の中にある線条体は、運動の開始や維持に関係し、やる気が出るのを待つのでなく、動き始めることで活性化するのです。
〈健康PLUS〉 脳の力、生かせていますか?
人間の思考や活動をつかさどる脳。集中力や発想力、判断力など、勉強や仕事のパフォーマンスは脳の状態に左右されます。今回は、脳科学者で諏訪東京理科大学教授の篠原菊紀さんに、やる気の出し方や脳の力を生かすためのポイント、トレーニング方法について聞きました。
① まず始めれば、やる気は出る
② 「見る」ことで集中力アップ
③ リラックスがアイデアを生む
“やらなきゃいけないことがあるのに、やる気が出ない……”と悩んでいる人はいませんか? やる気を出すには、「まず行動し始めること」が有効な手段です。脳には線条体というやる気の中核となる部分があります。線条体は、運動の開始や維持に関係し、やる気が出るのを待つのでなく、動き始めることで活性化するのです。
線条体は快感の予測でも活性化します。成績が上がって褒められたり、仕事で報酬を得たりする体験を重ねると、報酬を予測し、線条体の活性化が前倒しされるようになり、やる気や集中力を高めることになります。
また、ルーティン(日課)が、仕事モードに切り替える“スイッチ”になることも。着替える、ネクタイを締める、電車に乗るなど、勉強や仕事をする場所に行くことが、自然とやる気を出すルーティンになっていた人も多いと思います。
しかし、コロナ禍の影響で、在宅勤務(テレワーク)やオンライン授業になり、職場や学校に行かないケースが増えています。移動がなくても切り替えられるよう、仕事や勉強の前に、机の上を拭いたり、今日やることをノートに書いたりするなど、自らルーティンを決めることも工夫の一つです。
集中力、注意力を高めるポイントは、とてもシンプル。見るべきところを「しっかり見る」と意識することです。例えば鉄道関係の人たちが指さし確認したり、受験生がマーカーで教科書に線を引いたりするのは、そこを強制的に見るためです。
何かを注視すると眼球コントロールに関わる前頭眼野を中心に前頭葉が活性化し、集中力が上がります。注意して見つめることで集中力が上がるのです。
“集中が途切れないのが理想”と思いがちですが、それは不可能です。多くの人は10~15分もたてば、集中力は切れてしまうもの。集中力には限界があることを知り、積極的にリセットすることが大切なのです。
よく“疲れたときは糖質補給”といわれます。甘い物が口に入るだけで脳のドーパミン系が活性化し、気分転換になります。実際、栄養が脳に届くのは先のこと。集中力を取り戻すためには少量の甘い物を口に含むだけでも十分なのです。
また休憩は、長く休めば良いというわけではありません。大事なことは、思い込むこと。たとえ1分だったとしても、「ここで1分休めば、回復して能力は上がる」と思うことです。
甘い物と同様、体力的に回復することとは違います。休みをきっかけに、スイッチを入れ直すのです。休憩後に何をやるかを決めてから休むことが、上手な休み方の基本です。
記憶力を維持、向上させるポイントを紹介します。
仕事の中では、ひと手間かかる、面倒くさい仕事を率先してすることが、脳のトレーニングになります。経験を積むと、つい大変なことは部下に任せてしまいがち。仕事効率を上げるにはいいかもしれませんが、自分の脳がいつも楽な状態で、負荷が小さければ、衰えるのは当然です。
生活の中には、脳トレの機会がたくさん転がっています。仕事に限らず、家事や趣味など、苦手なことにも積極的に向き合っていくことが脳のトレーニングになるのです。
記憶力を維持、向上させるには運動、筋トレがいいとされ、特に骨への刺激が重要。骨から分泌されるオステオカルシンが働いて記憶力向上に役立つとされています。ジョギングや縄跳びなどの運動も継続できるよう心掛けましょう。
勉強や仕事がはかどる時間帯は朝型、夜型のようにクロノタイプと言って遺伝的に5、6割は決まります。自分の実感として集中できる、記憶しやすい時間を選ぶようにしましょう。
発想やひらめきは、仕事をしたり、考えたりするときに働く脳の回路ではなく、ぼんやりしている時に活動している脳の回路が重要だといわれています。
課題は抱えながらも、お風呂に入ったり、散歩したり、リラックスした時にこそ、新しいアイデアが生まれるのです。
緊張感のある会議の場や、目前のことに夢中なときは、ひらめきを求めるには向いていません。一度目を閉じて情報を遮断する、スクワットをしてみるなど、全然違うことをしてみるとよいでしょう。現状の自分を俯瞰することで、頭頂連合野が働き、新しいことや気付かなかったことが見えてくるものです。
最近多くなったオンラインでの会議も、情報共有や中心者が話をする使い方には向いていますが、アイデアを生み出したい場合には不向きな場合もあります。誰も話さない時間もつくれたり、雑談も挟めたりするような空間こそ、アイデアが生まれやすい場ともいえるでしょう。
また、ひらめくためには日頃からさまざまなものに興味を持ち、吸収し続けることが大切です。インプット(入力)がなければ、アウトプット(出力)はできません。
脳のパフォーマンス向上の鍵は、運動とバランスの良い食事、生活習慣病の予防や治療、良質な睡眠です。その上で、日常的にできる脳を効率的に動かすためのトレーニングを二つ紹介します。
まずは、文字を逆から読むトレーニングです。
例えば散歩中、看板に書いてある文字を、平仮名で逆から言うと、どうなるか考えるだけ。言葉や数字を順番に読むことが普通ですが、あえて後ろから読み上げようとすることで、脳に負荷をかけます。脳の中のメモを使いながら考えているという感覚でやってみてください。
次に、新聞を使ってできる、「仮名拾い」というトレーニングです。一度に二つのことを処理する能力を養います。
記事を読み、内容を理解しながら、特定の文字の数を数える方法です。例えば、聖教新聞コラム「名字の言」を読みながら、同時に記事中の「か」の文字数を数えてみてください。
簡単だと思ったら、制限時間を決めたり、数える文字の種類を増やしたりと、レベルを上げてもいいでしょう。遊び感覚で、脳を鍛えていきましょう。
しのはら・きくのり 脳科学者。東京大学大学院教育学研究科修了。公立諏訪東京理科大学・工学部情報応用工学科教授、地域連携研究開発機構・医療介護・健康工学研究部門長、学生相談室長。学習時・運動時・遊興時など、日常のさまざまな場面での脳活動を研究している。著書多数。メディアの出演多数。
2021年10月19日
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