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多様な人生100年時代にあって、画一的な「単一ゴール・集中型」の社会の経済発展モデルはもう成り立ちません

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  〈危機の時代を生きる〉 京都大学こころの未来研究センター 広井良典教授㊤ 地球の有限性に向き合い、持続可能な発展を目指す 経済の拡大・成長が行き詰まりを見せる現代にあって、どのような思想の転換が求められているのか。「有限性」をテーマに未来を展望する、京都大学こころの未来研究センターの広井良典教授へのインタビューを、上下2回にわたり掲載する。(聞き手=萩本秀樹、村上進) ――人口減少社会やポスト資本主義への洞察など、広井教授が深めてこられたテーマは、コロナ禍でさらに重要性を増しています。現在の危機をどのように見つめていますか。    感染症とはそれだけで独立して存在する問題ではなく、世界の根本的な問題が一つの現象として生じたものであることが、改めて明確になったと思います。 具体的にはまず、人間と生態系のバランスが崩れた結果として、感染症が頻発していることが、たびたび指摘されます。社会や文明の在り方を根本から改革しない限りは、たとえ一度は感染拡大が収まったとしても、感染症のパンデミックは繰り返すでしょう。   もう一つ、コロナ禍によって顕在化した課題として、「一極集中型」社会の脆弱さを挙げたいと思います。東京のような大都市圏に人や企業が密集し、そこから地方に経済効果が波及するのが、今の日本社会の構造ですが、言うまでもなく“3密”が常態化し、感染症が容易に広がるのは、そうした大都市圏です。   地方分散の必要性は、コロナ前から指摘されていたことでもあります。実際に、私たちの研究グループが2017年に公表した、日本社会の未来に関するAI(人工知能)を用いたシミュレーションでも、「地方分散型」への移行が持続可能な未来への分岐点になるとの結果が出ました。その内容が、コロナ禍で浮き彫りになった課題と大きく重なったことは、私たちにとっても驚きでした。 生き方の分散 ――都市から地方という側面にとどまらず、生き方全体を含む「包括的な分散型社会」への転換を提唱されています。    コロナ禍を踏まえて昨年からは、「ポストコロナ」の未来に向けてのシミュレーションも行い、本年2月に結果を公表しました。高齢人口や有効求人倍率といった従来の指標に、小規模拠点をつなぐ「サテライトオフィス」導入企業数のような、コロナ禍で社会的な価値が高まった指標を加えて、コロナ後の時代に望ましい社会の在...

『新・人間革命』の執筆をわが生涯の仕事と定め、後世のために金剛なる師弟の道の「真実」を・・・

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新・人間革命(第一巻) はじめに 戸外には、緑の木々を優しく包むように、霧が静かに流れていた。 その白いベールのなかに、私は、恩師戸田城聖先生を思い描きながら、小説『新・人間革命』の最初の原稿を書き始めた。今年(一九九三年)八月六日、軽井沢の長野研修道場でのことである。 軽井沢は、先生の逝去の八カ月前、恩師の生涯と精神を、後世に誤りなく伝えるために、私が小説『人間革命』の執筆を決意した、無量の思い出を刻む師弟の誓いの天地である。また、この日は、広島に原爆が投下されてから四十八周年にあたっていた。 戸田先生は、一九五七年(昭和三十二年)九月八日、あの原水爆禁止宣言を発表され、遺訓の第一として、その思想を全世界に弘めゆくことを、門下の青年に託された。 恩師は、間断なき世界の戦火や、暴政に涙する民衆の声なき声に耳をそばだてながら、しばしばこう語った。 「この地球上から悲惨の二字をなくしたい」 それは先生の願いであり、ご決意であられた。師弟は不二である。不二なればこそ、私もまた、恩師の心を抱き締めて、世界を駆け巡り、「平和と幸福の大河」を切り開いてきた。「源流」の偉大さを物語るものは、壮大な川の流れにほかならない。 私が、『人間革命』の続編として、『新・人間革命』の執筆を思いたったのは、先生亡き後の広宣流布の世界への広がりこそが、恩師の本当の偉大さの証明になると考えたからである。また、恩師の精神を未来永遠に伝えゆくには、後継の「弟子の道」を書き残さなければならないとの思いからであった。 しかし、それには、どうしても自分のことを書かなければならないことになる。そこに大きなためらいもあった。それに、「世界広布」即「恒久平和」の実現のために、なさねばならない課題も山積している。 そのなかで、執筆の時間をつくることができるのかという懸念もあった。 できることなら、続編の執筆は誰かにお願いしたいというのが、私の偽らざる心境であった。だが、私の足跡を記せる人はいても、私の心までは描けない。私でなければわからない真実の学会の歴史がある。 また、聖教新聞社からも、続編の連載への強い要請が寄せられていた。 種々、思い悩んだが、私は、再び、自らペンを執ることを心に決めた。 『新・人間革命』は、一九六〇年(昭和三十五年)十月二日、戸田城聖の後を継ぎ、創価学会第三代会長となった山本伸一の、アメリカ...

宗教の使命とは一人の幸福から万人の蘇生へ、一地区の和楽から国土の平和と繁栄へ波動を起こすこと

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  〈随筆「人間革命」光あれ〉池田大作 わが胸に燃やせ開拓魂 芙蓉(ふよう)の大輪が悠然と。夏から秋へ、一日一日、命をつなぐように優美な花を咲かせ続ける(池田先生撮影。今月、都内で) 秋の「彼岸」に際し、崇高な広宣流布への途上で逝去された同志とご家族へ、懇ろに追善回向をさせていただいております。 さらに、コロナ禍の中で亡くなられた全ての方々に心から題目を送ります。 そしてまた、この災厄の終息と、全同志の健康無事を懸命に祈っております。 御義口伝には、「南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光無間に至りて即身成仏せしむ」(御書七一二ページ)と仰せです。 私たちは、三世永遠を照らす妙法の慈光で、二十一世紀の地球と人類を、より明るく温かく包んでいきたいと思うのであります。 宗教の使命とは 本年は、先師・牧口常三郎先生の大著『創価教育学体系』の第二巻『価値論』の発刊九十年に当たる。 先生は、同書で「人を救い世を救う」ことに、宗教が社会に存立する意義があると、明晰に指摘された。 ゆえに、思想の動揺、生活の不安にある末法の現代において、「立正安国」という民衆救済と平和創出を掲げた日蓮仏法こそが、一宗一派を超えて人間の踏むべき道を正しく開いていくのだと宣言されている。 先生は、この『価値論』を発刊した年の夏には、縁深き北海道を訪れ、札幌や岩見沢で、郷土教育について講演もされている。新渡戸稲造ら知識人との交流も地道に続けておられた。 相手の信条や立場など関係なく、自ら動いて友情を広げ、価値創造の連帯を結ばれた。そして、不二の弟子・戸田城聖先生と共に、「立正安国」へ具体的な行動を起こしゆく創価の組織の土台を築かれたのである。 常勝関西の初陣 先師と恩師が率先して示されたように、地道な開拓こそ、勝利への王道である。 そして、わが学会の常勝の前進は、最前線の尊き一つ一つの地区から生まれる。 一九五六年(昭和三十一年)、あの「大阪の戦い」も、年頭の異体同心の地区部長会から始まった。 私たちは「大法興隆所願成就」の関西常住の御本尊の前で御聖訓を拝した。 「何なる世の乱れにも各各をば法華経・十羅刹・助け給へと湿れる木より火を出し乾ける土より水を儲けんが如く強盛に申すなり」(同一一三二ページ) この御文の如く、大聖人正統の弟子として、我らは祈りをそろえて、不可能を可能にする道を豁然と開こうと...

コロナ感染防止策の「石鹸と水による手洗い」ができない環境で生活する人の数は、世界の4割

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  第46回SGI提言② 苦境を支え合う社会のつながり 統計的な数字の奥にある 「命の重み」を見失わない パンデミックの宣言以降の日常 第一の柱として挙げたいのは、“危機の日常化”が進む中で、孤立したまま困難を深めている人々を置き去りにしないことです。   昨年の3月11日に世界保健機関(WHO)が新型コロナのパンデミックを宣言して以来、毎日のニュースで感染者や亡くなった人たちの数が報じられるようになりました。 いまだ感染拡大の勢いは止まらず、収束の見通しは立っていませんが、連日、更新されている数字の意味を見つめ直すために、今一度、思い起こしたい言葉があります。   パンデミック宣言の1週間後に、ドイツのアンゲラ・メルケル首相がコロナ危機を巡る演説で語った次の一節です。 「これは、単なる抽象的な統計数値で済む話ではありません。ある人の父親であったり、祖父、母親、祖母、あるいはパートナーであったりする、実際の人間が関わってくる話なのです。そして私たちの社会は、一つひとつの命、一人ひとりの人間が重みを持つ共同体なのです」(駐日ドイツ連邦共和国大使館・総領事館のウェブサイト)   もとより、こうした眼差しを失わないことの大切さは、巨大災害が起こるたびに、警鐘が鳴らされてきた点でもありました。 しかし、今回のパンデミックのように、世界中の国々が脅威にさらされる状態が長引き、“危機の日常化”ともいうべき現象が広がる中で、その緊要性がいっそう増していると思えてなりません。 私どもSGIでも、感染防止の取り組みを徹底するとともに、日々の祈りの中でコロナ危機の早期の収束を強く念じ、亡くなった人々への追善の祈りを重ねてきました。   また、私が創立したブラジルSGIの「創価研究所――アマゾン環境研究センター」では、新型コロナで亡くなった人々への追悼の意を込めて植樹を行う「ライフ・メモリアル・プロジェクト」を昨年9月から進めています。 一本一本の植樹を通して、これまでブラジルの大地で共に生きてきた人々の思いと命の重みをかみしめ、その記憶をとどめながら、アマゾンの森林再生と環境保護にも寄与することを目指す取り組みです。   亡くなった人々を共に悼み、その思いを受け継いで生きていくことは、人間社会を支える根本的な基盤となってきたものでした。 感染拡大が続く中で、故人を共に追悼する場...

人生100年時代を迎え、50歳代は次のライフステージへと向かう準備期間として大事な世代です

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  〈幸齢社会〉  50 歳代から考えるセカンドライフプラン 定年後のセカンドライフプランは、余裕をもって見据えておきたいものです。特に 50 歳代は、多くの人にとって、子どもが独立し、定年退職が見えてくる大事な年代です。今回は、ファイナンシャルプランナーの白子里美さんに、 50 歳代に入り、今のうちに知っておくべきことや見直すべきことを聞きました。   50 歳代の前半から半ばにかけて多くは、子育てを終えようとしている年代。子どもが大学に通っていたら、最も費用がかかり、家族のためにお金が必要ですが、間もなく卒業し、独立するのが見えてくる時期といえます。後半は定年退職を控え、セカンドライフがより現実のものとして迫ってきます。 しかし昨今は晩婚化が進んでいます。その場合、教育費と老後の資金を同時に考えなければなりません。 いずれにしても、今から、暫定的で構いませんので、今後について考えておくことをお勧めします。   定年後の収支のイメージを持つ 定年後は、収入が大きく減ります。それに伴い、支出を見直さなければなりません。 そのため、今から収支のイメージを持っておくことが大切です。将来のお金の出入りを想定したキャッシュフロー表を用います。家族の年齢を記載し、収入がどのくらいあり、支出については、食費などの生活費、通信・光熱費や住宅ローン等の固定費、教育費がどの程度あるかを、年ごとに記載していくのです。 そうすると、自分が何歳の時に子どもの教育費などの大きな支出が発生するかが分かります。その時期に備えて、支出を減らしたり、収入を増やしたりする計画を検討しなければなりません。 現在、 50 歳代後半の人にとっては、 60 歳で定年退職するのか、その場合、年金を受け取れる 65 歳までの間を補える貯蓄があるのか、それとも、再雇用を望むのか。そういった点を含めて、ある程度の方針を考えておくことも重要です。 いずれにしても賃金水準は定年前より下がる傾向にあります。なお、家計の事情により、年金の受け取り開始時期を早めたり遅らせたりすることもできます。繰り上げ受給は、早くて 60 歳から受け取れますが、毎月の支給額が減るので注意してください。 2025 年 4 月から、 65 歳までの雇用継続が完全義務化されます。今、 50 歳代半ばの人は、それを含めて...

多くの仏教経典があるなかで、差別なく、一人も残らず成仏できると説いているのが、法華経です

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〈ロータスラウンジ――法華経への旅〉第1回 そもそも法華経って何?                                   すべての人を幸福に ―― 宇宙と生命の「根源の一法」を説き 明 かした「諸経の王」   時代を超えて今、人間の尊厳性をうたい、人類に希望の光を送る法華経に、注目が集まっています。英語で「ロータス・スートラ(蓮華の法)」と呼ばれる法華経。新連載「ロータスラウンジ――法華経への旅」では、法華経の成り立ちから各品の内容、さらに法理などを解説していきます。 「入門編」(毎週火曜日付に、全4回にわたって掲載の予定)では、法華経のエッセンスを紹介します。第1回は「そもそも法華経って何?」です。   ■万人成仏のため 法華経ってそもそも何?――そう聞かれた時、なんて答えれば……。 簡潔に答えるならば、法華経は「諸経の王」です。こう説明されても、ピンとこない人もいるでしょう。 まずは、法華経が誕生するまでの、簡単な歴史を追ってみます。 仏教の創始者である釈尊は、“生老病死という根源的な苦悩から、どうすれば人々を救えるのか”と、解決の道を求めます。そして、己心に、宇宙と生命を貫く根源の一法が具わることに目覚めました。そこから、「目覚めた人」を意味するブッダ(覚者)と呼ばれるようになります。 釈尊は、万人の救済を目指し、覚った法を、相手に合わせて、自在に説いていきました。 そして入滅が迫った時、遺言として語ります。「自らを島とし、自らをたよりとして、他人をたよりとせず、法を島とし、法をよりどころとして、他のものをよりどころとせずにあれ」(『ブッダ最後の旅』中村元訳、岩波文庫) どこまでも、「自己」と「法」をよりどころとしていくことを、弟子に言い残したのです。 弟子たちは、釈尊の教えを伝承しながら、自己と法を探求する中で、さまざまな説法を整理・編集し、経典としてまとめていきます。このことを仏典結集といいます。こうした仏典編纂の流れの中で、自らの覚りだけを求める生き方ではなく、自他共の幸福を求める菩薩の生き方を探求していったのが大乗仏教です。 その中にあって、釈尊の智慧と慈悲を根幹とする教えを継承・発展させ、すべての人に尊極の仏性が具わることを明かし、その仏の生命を開き現す道を説いたのが、大乗仏教...